
最近では、仏教というと曹洞宗や臨済宗など禅宗系のわびさびの印象から地味な色味をイメージする方も増えました。
しかし、仏教の世界に意外に多いのが黄金色です。
伝統的な金仏壇を始め、仏像も元々は金色の彩色が多い。
金閣寺や中尊寺金色堂といった世に広く知られた建造物を上げるまでもなく、黄金が多く使われている寺社仏閣は歴史上珍しくありません。
住宅事情やお寺との関係の変化から金仏壇があまり見かけなくなっていく一方、そういった伝統の流れにあるのかどうか、黄金でできた仏具や仏像の静かなブームが始まっていました。中でも黄金のおりん(お鈴)が人気の中心です。
どんな方がどんな事情や考えでこういった黄金の仏具や仏壇を買い求めているのか。日本最大級の金製品ギャラリーを展開する「金工芸品の取り扱いといえばこの会社」と定評のある企業を訪ねました。
編集部:
おりんなど金の仏具を買い求められるお客さんとは、どういった方々なのでしょうか。
営業部長:
おりんであれば1つで100万円以上はするものですから、富裕層であるということはまずあります。ですが、こういった祈りの道具の場合には、やはり故人となった両親や夫や妻への想い、先祖への感謝を大切にされていらっしゃるというのが共通しています。
また、ここ10年くらいの傾向として、都市部にお住みの方が特に増えているように思います。農家であれば仏間があるのですが、都市部であれば一軒家であってもお仏壇をダイニングルームや寝室に置かれる方も多い。そうなりますとサイズも小さくなりますから、経済的に十分な余裕があっても仏壇や墓石にそれほどお金をかけるわけでもない。その分「仏像や仏具にはなにか特別なものを…」といったお考えになられているように感じます。
合わせて息子さんやお孫さんへ何か残してあげたい。家宝として、又は資産の1部として継承してほしいという気持ちが強いように感じます。
編集部:
いわゆる資産運用、投資商品といった意味合いで買われるという側面はどうでしょうか。
営業部長:
全くいらっしゃらないということはないと思いますがあまりお見かけしません。あくまで工芸品としての作品なのでインゴットと比べ、グラム当たりの金額は高くなります。金価格が高騰したら転売して儲けようという考え方で私たちの扱う仏具を選ぶ方はいらっしゃらないでしょう。
というのは、金での工芸製作は他の貴金属と比べて極端に難しいのです。また、素材自体の「金」が非常に高価であるため失敗して無駄を出すことも極力避けなければならない。自然、作り手も名人でないと務まらない。私どもが作品製作を依頼しているのは人間国宝を含め日本を代表する金工作家です。
そんなこともあって、ご供養や故人を偲ぶといった意味合いで買い求められている方がほとんどなのだと思います。
投資かどうかという話で思い出すことがあります。私どものお客様の中には海外の世界的に高名な投資家の方もいらっしゃいます。その方が以前「今後希少性が増していく純金を素材にした名工の手になる作品が手に入るのは日本くらいだ。それももう近い将来入手できなくなるだろう。グラムいくらという発想をすることが不適切だ」とおっしゃられたことがありました。
ただ、仏具に限定しないのであれば、世界的に資産デフレと言われる昨今、不動産や外貨よりも安心できる資産運用方法として貴金属や希少メタルで資産を持とうとする流れは強まっているように感じます。
編集部:
御社の「黄金のおりん」の特徴はどういったことになりますか。
営業部長:
素材がどうしても注目されやすい「黄金のおりん」ですが、私どもの商品は一つ一つが名工の手による作品です。特におりんの場合、そういったことが音色にはっきりと反映されます。
以前、音の分析を専門とする「日本音響研究所」という機関に、私どもの「黄金のおりん」の音色について分析をお願いしたところ「1/fのゆらぎ」が検出されました。「1/fのゆらぎ」とは、小川のせせらぎや風鈴の音など、一般的に人間が「心地良い」と感じる音に共通する周波数と振り幅の特性を科学的に分析した指標です。
また、金ならではの特徴として「余韻が長く響くこと」が挙げられます。普通のおりんですとだいたい5~6秒間の響きですが、私たちの「黄金のおりん」の場合、その作り手のレベルの高さと相まって1分から1分半程度は美しい余韻が続きます。ただ、ひとつひとつ手作りですので実際には音色も余韻もすべて異なります。形はこちらの方が好きだけれど、音色や余韻はこちらの方が好き…といったことはよくあります。最後はその方の感性なので。
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取材先について
金の買取・精錬、金工芸品の製作・販売と、国内有数の「金」をトータルに扱う企業。
同社の扱う金工芸品は、その芸術性の高さと種類の豊富さで定評がある。
全国有名百貨店に複数のショップがある他、同社の開催する金工芸品の展示会は業界を代表するものといえる。
ここでは石川工房のおりん製作工程の中で、わかりやすい部分をご紹介します。
実際に30工程以上を経ておりんの形になります。
おりんを作るための道具(木槌・金槌・あてがね)
18金の塊を叩き、丸くします。
厚みが均等になるよう全体を叩きます。
くり貫いた木の台に打ちつけ、窪める。
「あてがね」にゆっくり回しながら打ち付ける。
次に手槌で延ばしながら叩く。
途中段階。
「あてがね」を換えてさらに内側へ打ち絞る。
途中火にかけます。【焼きなまし】
口元を斜めに削る(正確に均等に)。
口元を内側に折り込む。
【ここで音色・余韻ができます。】
財務省造幣局に検査依頼。合格すると検定マークをつけて打刻。
砥石・桐炭などで平らにするため砥ぎます。
研磨剤をつけた柔らかい布で磨きます。
研磨することで輝きが出ます。
相続税法第12条第1項2号では、「墓所、霊びょう及び祭具並びにこれらに準ずるものは、相続税の課税価額に算入しない」と規定されている。これにより、仏壇・仏具といった物は、一般に祭祀財産として相続財産から分離され相続税の課税対象とはならない。 しかし、ここで紹介した「黄金のおりん」のような供養や祈りの品でありながらも、一方で高い財産的価値を持つ物の場合にはどうであろうか。税務署が、これらを相続税法第12条第1項2号の「墓所、霊びょう及び祭具並びにこれらに準ずるもの」にあたると解するかどうかが焦点になる。
このことを確認しようと、相続専門税理士のプロ集団として日本を代表する税理士法人レガシィのトップを務める天野隆氏に、このテーマについてお話をうかがった。(取材日:2017.3.6)
天野氏:
黄金で作られたおりんは音色が良いのです。私は相続専門で長くやっていますからこれまでに様々なおりんの音を聞いてきました。金でできているとか高いものはやはり音色がいい。それから名工が作ったものはやはり音が違う。すぐにわかります。
ですから、故人や祖先に深いお気持ちのある方が、こういったものにこだわる気持ちはよく分かります。ですが、税務署はどう考えるか、今回はそこをお話しします。
天野氏:
どういった場合に税務署が「このモノは相続財産なのかどうか、課税なのか非課税なのか」ということ検討台に乗せるのか。これをまず理解する必要があります。
税務署としては、相続があった際にその前後の時間において大きいお金の動きをまず見ます。例えば、預金の出し入れとして1,000万とか、500万とか出てくると「これはなんだろう」となる。「どこかにこれに対応する財産があるのではないか」という視点で見るのです。普段、つまり相続の調査がないときにはその程度の大きな取引があったからといって注目はしないのですけれど、相続のときだけはさかのぼってしっかりと確認します。
―― 税務署は相続税の申告手続きで提出された書類を元に、そこから銀行等の関連する機関のデータに照会をかけて内容の適正を確認していく。個人宅にあるものを逐一確認するといった現場作業をするわけではないのだ。
つまり、故人の自宅に高額なおりんがあるからといってすぐに検討台に上るわけではない。その観点から、入手してから亡くなるまでにどのくらい年月が経っているのかがまず重要になる。一般に、少なくとも亡くなる3~4年前には入手しておくのがよいとされている。また税務調査が入るとすれば一般に3年以内の秋(東京国税局の場合)とされる。それまでに高額で売られた遺品があれば当然検討の対象となるだろう。
さて、実際に税務署の検討台に乗ったとして、次に「これは仏具(祭祀財産)なのか、それとも単に貴金属製品(相続財産)なのか」が問題になる。
この点はどうか。
天野氏:
まず、ルールとしてはこうあります。「墓地や墓石、仏壇、仏具、神を祭る道具など日常礼拝をしているもの」には相続税がかからない。「ただし、骨とう的価値があるなど投資の対象となるものや商品として所有しているもの」には相続税がかかるとある。これが税務当局の唯一の見解です。これをどう解釈するかで、実務では問題になるわけです。
調査官の視点に立って考えてみましょう。目の前には、黄金でできた仏具がある。見えている物はそれです。そのときに、これを仏具と見るか、単なる貴金属製品と見るか…。もしあなたが調査官だったらどのように感じるか。
一つには相続財産全体とのバランスという見方があります。例えば20億ぐらいの財産がある方が1000万のおりんを買っても不思議はないということです。逆に、2億ぐらいしか財産のない人が1000万のおりんを買うと、いやこれは不自然だと。これは貴金属製品じゃないか、仏具ではないのではないか、と…。そういう考えは一つあります。
ただ、もし私が調査官だったらどうするかというと、このおりんの香りを嗅ぎます。お線香の匂いがしたら仏具なのです。何も香りがしなければ使っていないということなので金なのです。これは何か公式のルールとして決まっているわけではありません。あくまで「私が調査官だったらそう判断するだろう」という話に過ぎないのです。実際は、どういう方が調査官であるかによって違います。厳密な人もいればそうでない人もいます。
もっと現実的な話をすると、相続人が貴金属製品だと思っている場合は仏壇に置いていないのです。自分で貴金属製品だと思っている人はどこかにしまっています。売るつもりですからね。だから最後は、売るか売らないかです。売ったらいけないのです。そうなったら貴金属製品なのです。それも本人が亡くなる寸前に買って亡くなった後に相続人がすぐ売ったとしたら、それはもう明確に貴金属製品です。仏具ではありません。普通、仏具は売りませんから。それから買う方も仏具であれば新品は買うけれど中古品は買いません。仏具なら新品を買いたいですよね。だから、そういったことが結局仏具か貴金属製品かの判断の分かれ目になるのではないでしょうか。
―― 「ルールはルールとしてあるけれども、それをどう解釈するかというのは現状では担当する調査官によって異なるし争えば裁判官の判断となる」ということだ。
そもそも税務調査における判断とは多様な判断材料の合わせ技で決まる。つまり、今回のテーマである仏具1点だけで判断されるのではなく、他にもいろいろある中でそれらを全体として見てどうなのかという判断となる。他の点に疑わしい部分が多ければ黄金のおりんについても厳しく吟味されることになるだろう。
天野氏:
相続税の実務としてはやはりお線香の香りがするかどうかです。例えば、信心深いというか仏事ごとに対して深い理解がある…そんな方がいらっしゃるとします。その方は多少家計的には無理をしても、高い値段のとても良い音色を持った黄金のおりんを買われるかもしれない。名工の手になるものを求められるかもしれない。そういう方はやはり仏壇にもこだわりを持たれているでしょうし。そしてそれらに毎日手を合わせてお香を焚いて熱心に祈られている。
となれば、当然そういう香りがするわけです。お仏壇周りや仏間の様子にも日ごろのそういった習慣がなんとなく滲み出ている。そうなってくると、黄金のおりんを仏具であると解して不自然ではない。そんなふうに理解していただくのが適切だと思います。
―― 次に、祭祀財産として認められた場合の話として、「それが誰に帰属するか」という点についても聞いてみた。
相続財産であれば相続法のルールで事細かに決まっている。けれど、祭祀財産の承継については、民法897条※があるもののルールはかなりラフなレベルに留まる。祭祀財産の「黄金のおりん」の帰属を遺産分割協議の中で他の祭祀財産とは別に決めてしまって問題ないのか?など、細かい疑問を上げれば切りがない。実務の現場はどうなっているのであろうか。
1.系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。ただし、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する。
2.前項本文の場合において慣習が明らかでないときは、同項の権利を承継すべき者は、家庭裁判所が定める。
天野氏:
わかりやすいのは「本家」です。「本家」というところがある一族の場合には明確に決まりやすい。本家の一番の重要な役割はやはりお墓を守ることです。「本家が誰か」が明確な場合においては、この民法897条の「前条の規定に関わらず、慣習に従って」の通りにすんなりと決まる。長男が同居していて本家相続だとなると、「祭祀の承継も本家」ということでまず文句は出ない。そこを税務署から問われることもないのです。
今、どれぐらいの割合で本家相続があるかというと、これが結構高い。2016年の私たちのデータで「本家相続割合」は、5億円以上のケースで58%です。これでも2016年は低かったのです。直近4年での平均だと73%ですからかなり高い。そういうわけで、こういったことの承継はすんなり決まることが一般的です。
あともう一つ言えることは、祭祀の承継は財産を分けるのと違って負担です。だから、「私が祭祀主催者だ」とか「あなたよ」とか揉めるといったことは普通では起きません。
ただ時々、新聞に出ているような「どちらが骨を持っていくのか?」とかはあります。それはもう当事者が意固地になってしまっている、あるいはもう協力し合う気持ちが0になってしまっているような極端な場合なのです。
だから「祭祀の承継者が誰か」については、もちろん本人が遺言書に書いてもいいし、分割協議のなかで決めるのでもいい。だけれども、そんなふうにかまえてきちんと明確にしようとしなくても、「普通は問題なくすんなり決まる」というのが世の中の実際です。
ただ、こういった値段のおりんがあるといったことは、今の話ではあまり想定していません。
一方、祭祀の承継で身内が揉めていたりすると、税務署としては「これは仏具ではなくて、貴金属としての相続財産だろう」という判断になりやすいのです。「どちらが承継者なのか」といったことで争ってしまうと「祭祀財産として認められるかどうか」「相続税が課税されるのかどうか」との点から見れば、自分で自分の首を絞めていることになります。
条文にある、「慣習が明らかでないときは家庭裁判所が定める」といった部分は、おそらく当事者間で決めきらない場合の解決を示す趣旨でしょう。けれども、当事者間での意見の食い違いが行き過ぎてしまうと「怪し気だな」と判断されやすいことになります。
―― 同様の意味合いで、例えば「祭祀財産としてほとんどの物はお兄さんに引き継いで欲しいのだけれど、このおりんだけは私が引き継ぎます」などといった祭祀財産を分ける展開も、税務署から見て「これは仏具ではない」と判断されやすい要因となるそうだ。
「祭祀財産として認められるためにはなおさら、残された遺族が争わないような工夫と配慮が重要になる」ということなのだろう。
鎌倉新書では、今回取材した工芸作家 石川広明氏 の作品を含め、トップレベルの金工芸作家の手によるおりんなど、黄金製の仏具や仏像の入手を検討したい方のために窓口案内を行っています。
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鎌倉新書 お客様センター 平日:10時-18時
電話口で「金工芸品について…」とお伝えください。