相続登記義務化や認知症対策に遺言書と家族信託を。事前準備でトラブルを予防
JR山手線目黒駅から徒歩で2分ほどにある伊藤紘一法律事務所(東京都港区)。所長の伊藤紘一弁護士は40年以上のキャリアの中で、医療過誤や相続などさまざまな案件を解決に導いてきました。近年は相続による登記申請の義務化に向けた遺言書の作成や認知症対策としての家族信託など、事前準備による相続トラブルの予防に力を入れています。今回はこれまでに扱った事例と共に、遺言書と家族信託の活用方法についてお話を伺いました。
東京・港区の弁護士事務所。医療過誤や相続など長年のキャリアで培った豊富な実績。依頼者自身も発言できる機会を大切に、皆が納得できる問題の解決を目指します。
伊藤紘一法律事務所
目次
親密な関係を築かないと重要なことを話してもらえない
-先生のこれまで扱った事件の中で、相続に関連するものはどのくらいありますか?
きちんと数えたことはありませんが、年に数件ほど相談を受けています。解決まで長期間に及ぶ案件も多いですね。弁護士に頼むような案件だと遺産額も多く、生前贈与があったかを確認したり、訴訟しないと解決できないケースもあるからです。
相続放棄の依頼などはインターネットからも入りますが、大きな案件になると事情は変わります。自分の家族のことですから、インターネットで探した弁護士に自分の本心を打ち明けることに最初は抵抗がある人も多いようです。
-相談者と接するときに、心がけていることはありますか?
相談者は何を一番主張したいのか?
要望を整理して、その目的を達成するにはどうすれば良いのかを、なるべくわかりやすく説明するよう心がけています。
お互いに親密な関係を築き上げないと、「こんなことまで話して良いのかな?」と重要なことを話してもらえないので、質問の仕方も工夫が必要ですね。いきなり単刀直入に聞いてしまうと検察官の尋問みたいになっちゃうから、世間話や雑談から入るようにして、ひとつひとつ丁寧に聞くようにしています。
また、「相続財産に何があるか?」といきなり口頭で尋ねても「よくわからない」となるので、まずは財産目録や相続関係説明図をご自身で書いてもらうようにお願いしています。それを見ながらの方がお互いに話しやすいですし。
-財産目録など簡単に書けるものでしょうか?
どういう財産があるかはほとんどの人が書けますね。関係図も、例えばお父さんが再婚していて、前の奥さんとの間に何人子どもがいるとか。
はっきりとはわからなくても「こんな人がいます」という認識はある方が多いです。そもそも、その辺を心配して相談に来るわけなので、ある程度は把握されてます。
漁業権・不動産・生前贈与。さまざまな問題が複雑に絡み合った相続
-これまで扱った相続の案件で、印象的なものはありますか?
印象深いものでは、北海道網走の網元の事件があります。網元というのは、漁網や漁船を所有している漁業経営者のことです。依頼者さんは網元の末の娘さんなんですが、サケ・マスの漁業権の問題や、2つの関連会社の承継問題、網走や鎌倉など全国に10ヵ所ほどある不動産などが相続財産としてありました。それに生前贈与の問題など、いろいろと整理が必要な、なかなか難しい事件でした。
時間はかかりましたが、最終的に依頼者さんと相続人の方が納得できる遺産分割ができたと思っています。全部解決するには5年くらいかかりました。
弁護士になって最初に銀座の法律事務所で勤めたんですが、その時に縁あって相談を受けた案件なんです。独立してからもずっと私を頼ってくれていました。解決から40年以上経った今でもお付き合いは続いていて、毎年、サケを贈っていただいています。
–どうすれば依頼人と、そんなに強固な信頼関係を構築できるのでしょう?
本人が「何を一番困っているのか?」を良く理解して、その解決のために積極的に動く。そうすると依頼人も「自分のことを分かってくれる」「この人に任せて良いんだ」という気持ちになってくれるんじゃないでしょうか?
普通、家族や生活のこととか、他人に話すなんてことはしません。表向きの話だけで、深い話はしない。でも積極的に問題を解決していると、そこには信頼関係ができますから。人間的に奥深いところでつながるから、関係も長く続くんじゃないですかね。
-そのほかの相続トラブルで、事例はありますか?
依頼者が持っていた遺言書のコピーで検認を申し立てたことがあります。
本来、遺言書のコピーをもって原本とするのはおかしいんだけれど、裁判所も検認として受けてくれました。
この時は、公正証書遺言ではなく自筆証書遺言だったので遺言書の検認から始まりました。
そこで相続人が集まったので遺言書のコピーを出したら、相手方が「原本を持っているよ」と。調べてみると同じものだったので、原本を検認しました。
-遺言書の内容に不服があったのですか?
遺言書には都内の不動産1ヵ所についてしか書かれていなかったけれど、それ以外にも不動産があったんです。自筆証書遺言では、財産のどの部分のことまで書かれているかわからない。
遺留分(一定の相続人に最低限保証された遺産の取り分)の問題もあるし、その辺の整理は必要です。もし遺言書が遺留分を侵害していた場合、遺留分侵害額請求をされるかもしれません。
効果のある遺言書と家族信託で、相続登記義務化や認知症の対策に
-やはり公正証書遺言の方が自筆証書遺言より良いのでしょうか?
効果のある遺言書を作るべきだと、私は力説しています。
例えば、相続登記の申請義務化が令和6年4月1日から施行されます。日本国中で九州地方に該当するくらいの広さの土地の所有者が分からないという記事を新聞などで読んだ人もいると思いますが、そうした問題を解決するために義務化されるわけです。
今後、相続を知ってから3年以内に登記しないと過料が科せられる可能性もあります。この時、相続で揉めて登記できないという場合でも、きちんとした遺言書があれば登記は可能です。
また、遺言で配偶者居住権を遺贈することもできます。
配偶者居住権というのは、夫婦のどちらか一方が亡くなった場合、一定の要件をみたしていれば、故人の所有していた建物に、残された配偶者が無償で住み続けることができる権利です。 遺言書を用意しておくことで居住権が認められ、持戻しが免除されるので、他の金融資産の配分も請求できます(持戻しとは、生前贈与や遺贈で取得した財産を、他の分割のとき計算上差し引くことを言います)。
こういうメリットがあるということを理解して遺言書を残しておけば、後になって揉めるよりはずっと得です。
-今後ますます、遺言書が重要になるわけですね
遺言書だけでなく、ある程度財産を持ってる人は家族信託をきちんとやりましょうということも伝えたいですね。
相続の前に、高齢化による認知症の問題があります。
認知症になってから成年後見人を立てると細かいことも拘束され、いろいろと不自由にもなるんです。例えば、高齢者施設に入るにしても、良い施設に入るには入所金もかかります。けれど認知症になってしまうとその金額も自分では下ろせません。
銀行のお金の出し入れも自由にできないし、借地借家人との取引もできません。でも、家族信託という制度を利用して契約を結んでおけば、認知症になっても、受託者は銀行の出し入れも借地借家の取引も可能です。
家族信託をすることで、「財産権」と「財産を管理運用処分できる権利」に分け、後者を子どもに渡すことによって、親の認知症などの影響を受けずに済むわけです。渡された人を受託者と言います。家族信託の場合、契約書を公正証書にして信託口のある銀行に口座を作ります。
-家族信託を利用している方はどのくらいいるんでしょうか?
まだ少ないですね。
成年後見にどういう弊害があるかを説明しないと。なぜ家族信託が必要なのかがわからなければ、信託契約を結ぶことにはなりません。
また、家族信託があまり理解されない理由として、親と子それぞれの気持ちの問題もあります。
親は親で「俺はまだ子どもの世話になるほどの歳じゃないよ」と思うし、子は「そんな大変なことをタダでやるのはかなわない」と、それぞれ家族信託に抵抗を感じている方が多いのではないでしょうか。しかし、そこら辺をきちんとしておかないと、いざ認知症になったときに困るわけです。
-対策が必要なことはわかりますが、なんとなく後回しにしてしまいそうです。
私はそれら問題を解決する方法として、社団法人を設立することを提案しています。社団法人を創って、家族信託の受託者が社団法人ということにして、親が社団法人の理事長に、子が副理事長になる。
理事長である親が認知症になった場合は社団法人の代表者が副理事長に代わるようにしておけば、親が元気な間は自分でコントロールできます。
副理事長も業務もするのであれば、家賃や地代が社団法人に入って、そこから子(副理事長)に給料が支払うようにすることも可能です。こうすれば、家族信託の普及の妨げになっている問題も解決できます。
もちろん、「子どもが頼りになるから社団法人なんかいらない」というのであれば、お子さん個人と契約すれば良いので、社団法人を創る必要はありません。
-マンションやアパートなど、不動産の相続にはそうした対策もできるということですね。元気なうちに弁護士に相談しておいた方が良さそうです
外部から刺激されないと、弁護士に相談しようという気にはならないでしょう。何を相談して良いかわからないし、料金も高いという先入観もあるでしょうから。
私の場合、毎年2回発行している事務所報にそういった記事を書いています。
冬の事務所報を先日出したばかりですが、相続登記の義務化や個人情報、家族信託について書いて、全部で1,100通ぐらいを発送しました。また、大学の同窓生たちにもWebで講演をしたりしています。
こうした活動から相談をいただくこともあります。皆さんに理解していただく機会を、色々な形で用意することが大事です。
発言の機会を持つことがストレスの解消に
-ところで先生のご両親は医師だったそうですが、どうして先生は医師ではなく弁護士を目指したのですか?
両親が医院を開業していたのですが、患者さんを見ていて、身辺にトラブルがあると病気になりやすいと思ったんです。そういうストレスをきちんとコントロールできると健康になれると。体の健康を心の健康から解決したいという思いがあったんですね。
-心配事は弁護士に相談して、ストレスを溜めこまないことが健康にもつながるのですね。
健康といえば、私はアマチュアボクシングを趣味でやっています。これまで3回リングにも上がりました。
-ボクシングですか?
もともと学生の時に授業でやった程度ですが、大人になってからスポーツクラブにボクシングの先生がいらしたので、それがきっかけで始めました。
今でもバーチャルボクシングといってステップを踏んだりパンチを出したり練習を続けています。足腰の強さに影響しているし、何かをやり遂げようというモチベーションにも関係してるんじゃないかな。
運動すると頭がすっきりするから普段の仕事でストレスを感じてる人はぜひ、何か汗をかく趣味を持った方が良いですよ。
-私も体を動かす趣味を探してみます。最後に、これから相続を考える方へメッセージをお願いします。
東京弁護士会には紛争解決センター(ADR)というのがあります。私も設立に関わったのですが、当事者同士の話し合いで紛争を解決する手続きです。こうした制度を利用して、いきなり調停や裁判というのではなく、まず話し合うという方法もあります。
弁護士に任せっぱなしで裁判になってしまうと、自分の気持ちを伝えきれないストレスが残ってしまいます。「裁判は嫌だ」という気持ちは潜在的に皆さんありますから。ある程度は話し合いで解決できることも多いでしょう。
もちろん感情ばかりをぶつけていては法的な解決にはなりません。ですが長年絡まった感情の整理はお手伝いできますから。
発言の機会を持つということが相談者のストレス解消にもつながると思います。最後に自分の気持ちを伝えて、すっきりとした解決ができるようサポートします。
-ありがとうございました。
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