【事例】相続人に認知症ではないが物忘れがひどい人がいる場合、どうすれば良い?(75歳女性 遺産1,770万円)【司法書士執筆】

「いい相続」や提携する専門家に寄せられた相続相談をもとに、その解決策を専門家が解説するケーススタディ集「相続のプロが解説!みんなの相続事例集」シリーズ。
今回は、物忘れがひどい相続人がいる場合の遺産分割について、75歳女性の方からの相談事例をご紹介します。
解説は、宮島尚史司法書士・行政書士事務所の宮島 尚史さんです。
目次
この記事を書いた人

〈司法書士、行政書士〉
困りごとのある方に、寄り添った対応ができるよう、思いやりのある接遇を心がけております。業務内容にかかわらず、どのような事でもご相談ください。
▶宮島尚史司法書士・行政書士事務所
物忘れがひどい人がいても遺産分割はできる?
相談内容
4兄弟の兄が亡くなって、長男は生涯独身だったので兄弟が相続人になると思うのですが、弟の物忘れがひどいそうです。認知症ではないと聞いていますが会話もしづらいそうです。私は膝が悪く、あまり遠出ができません。どのように相続手続きをすれば良いでしょうか。
- プロフィール:75歳女性
- お住まい:茨城県
- 相続人:長女(相談者本人)、二男、二女の3名
- 被相続人:長男(相談者の兄)
財産の内訳 | 内 容 | 評価額 |
---|---|---|
不動産 | 自宅戸建て(土地・家屋) | 1,320万円 |
預貯金 | 450万円 |
※プライバシー保護のため、ご住所・年齢・財産状況などは一部架空のものです。
相関図

アドバイス1 まずは法定相続人を明らかにする
今回のケースは、相続人の中に物忘れがひどい方がいて、会話もしづらいとのことですが、そのような場合どのように相続手続きを進めればよいでしょうか。
兄上様がお亡くなりになり、相続財産について誰がどの財産を相続するかを決めるためには、まず誰が相続する権利があるか(法定相続人)を明らかにする必要があります。
兄上様は生涯独身でお子様がいないそうなので、民法の規定によれば親(直系尊属)が相続人となるのですが、すでに他界されているため、ご相談のとおり兄弟姉妹が相続人となります。
さらに、兄上様は遺言をされていなかったことから、残された兄弟3人で話し合いをして遺産の分け方を決めることとなり、それを「遺産分割協議」と呼びます。
遺産分割協議の結果を遺産分割協議書にまとめ、協議者全員が実印を押印して印鑑証明書を添付することによって、不動産の相続登記手続きや銀行の預貯金の払戻手続きに使用することができます。
アドバイス2 遺産分割協議ができるかは判断能力があるかがポイント
遺産分割協議は相続人間の話し合いですから、相続人のそれぞれが、協議の結果によってどのような効果が生まれるのかを判断する能力があるかが前提となります。
相続人の中に判断能力が欠けている方がいる場合には、その遺産分割協議が無効となるおそれがあります。
判断能力が失われる原因については、認知症や知的障害、精神障害のほか、自閉症、事故による脳の損傷または脳の疾患に起因する精神的障害なども含まれるとされていますので、認知症と診断されていなくとも判断能力がない場合もあります。
弟様は物忘れがひどく、会話もしづらいとのことですが、有効な遺産分割協議ができるかは、弟様に判断能力があるかどうかがポイントになります。
アドバイス3 どのような遺産分割の方法が適切?
遺産分割の方法には「換価分割」、「現物分割」、「代償分割」、「共有分割」があり、それぞれメリットとデメリットがあります。それぞれのメリットとデメリットを比較・考慮すると、ご相談のケースでは「換価分割」で分割すればよいのではないかと思われます。
理由としては、兄上様が生涯独身でご家族がいないため、自宅不動産をご家族の居住用として残しておく必要はなく、逆に空き家のままにしておくことは「空き家問題」となり望ましくありません。
また、相続人3人の共有名義にして貸家として活用するとしても、相続人3人には管理者としての負担が発生し、その状態が長期化する場合もあります。
そこで不動産を売却し預貯金も現金化して、その中から必要経費を支払い、残額を相続人3人で分配する「換価分割」によるべきと思われます。
不動産を売却するには、その後の手続きを円滑に進めるために、相続人3人のうちの誰かの名義に一旦相続登記をしておいてから、売買登記を行うことになります。そして、遺産分割協議書の中には「便宜代表者名義にする」旨を含めて協議書を作成します。
アドバイス4 判断能力が十分でない場合は成年後見制度を活用
判断能力が十分でない方を保護する制度として、「成年後見制度」があります。これは、家庭裁判所に申立を行うことによって、①本人が判断能力を欠いている場合は成年後見人が、②判断能力が著しく不十分な場合は保佐人が、③判断能力が不十分な場合は補助人が選任され、本人に代理し、または、同意権や取消権を行使して本人の利益を守る制度です。
成年後見制度が活用された例として、本人が判断能力の衰えから高級布団のセットをいくつも購入してしまったケースがありましたが、成年後見人が選任されていたことから代理人によらない契約であるとして無効とされ、購入代金を取り戻すことができました。
アドバイス5 成年後見制度の申立方法
弟様について後見人等を選任する方法は、弟様のご家族や相続人3人のうちの一人が、本人の住所地を管轄する家庭裁判所に後見開始の申立をして行います。
その際には、弟様の判断能力について医師の診断書を提出する必要がありますが、精神科の専門医でなくともよいとされているので、弟様のかかりつけの医師がいればその方に依頼します。
医師が弟様に判断能力があると判断すれば、相続人はそのまま弟様と遺産分割協議を行うこととなりますし、判断能力に不安があれば、その程度に応じて、「成年後見人」、「保佐人」、「補助人」のいずれかの選任の申立をします。
また「保佐人」、「補助人」の選任申立には代理権付与の申立も合わせて行うことによって、保佐人、補助人が選任された場合にはその者が弟様の代理人として遺産分割協議を行います。
選任された後見人等は、遺産分割協議が終了すると職務が終わるわけではなく、その後も後見等が継続します。これは、後見等が本人の利益・権利擁護のための制度だからです。したがって家庭裁判所は、後見等の開始にあたってご家族の意見を確認することとしています。
アドバイス6 自身で手続きするのが困難であれば専門家に相談
以上のように、ご相談のケースは、法定相続人の調査や、有効な遺産分割協議書の作成、さらには家庭裁判所への申立手続き等も必要となる可能性のある困難な事案と言えます。
このようなケースでは、弁護士、司法書士、行政書士が戸籍の収集、相続財産目録の作成や不動産の売買契約書の作成など、手続きのサポートを行っています。
家庭裁判所での後見人等の選任申立についても、これら有資格者を成年後見人、保佐人、補助人の候補者として申立がされることも多く、ご家族が後見人等になる場合と区別して「専門職後見人」と呼ばれています。相談者様は膝が悪くあまり遠出はできないとのことですが、そうであれば早期にこれらの有資格者に相談されることをおすすめします。
なお、ご相談のケースにおいては、財産の総額1,770万円は相続税の基礎控除額(3,000万円+600万円×相続人の数)4,800万円の範囲内ですので相続税はかからないと思われます。
ただし換価分割を選択した場合、不動産を売却して利益が発生すると譲渡所得税が発生するとされていますので、税金に関しては税理士等に相談されるようお願いします。
相続についてのご相談は「いい相続」へ
いい相続では、全国各地の相続の専門家と提携しており、相続手続きや相続税申告、生前の相続相談に対応できる行政書士や税理士などの専門家をご紹介することができます。
専門オペレーターが丁寧にお話を伺いサポートしますので、お困りの方は、お気軽にご相談ください。
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