【事例】父の遺言書に「遺産はすべて長男に」と書かれていました。その通りにしなければいけませんか?(59歳男性 遺産2,130万円)【行政書士執筆】
「いい相続」や提携する専門家に寄せられた相続相談をもとに、その解決策を専門家が解説するケーススタディ集「相続のプロが解説!みんなの相続事例集」シリーズ。
今回は、亡くなった父の残した遺言書について、59歳男性の方からの相談事例をご紹介します。
解説は、北摂パートナーズ行政書士事務所の行政書士・松尾 武将さんです。
目次
この記事を書いた人
〈行政書士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、宅地建物取引士〉
前職の信託銀行員時代に1,000件以上の遺言・相続手続きを担当し、3,000件以上の相談に携わる。2022年に大阪府茨木市にて開業。相続手続き、遺言支援、ペットの相続問題に携わるとともに、行政書士の指導にも尽力している。
▶北摂パートナーズ行政書士事務所
「遺産はすべて長男に」と書かれた遺言書は有効?
相談内容
父が亡くなり財産調査をしていたところ、遺言書のようなメモを見つけました。手書きで「遺産はすべて長男に」とだけ書かれていました。いつ書かれたかもわかりません。私も妹も少しは財産をもらいたいと思っています。遺言書の通りにしなければいけませんか?
- プロフィール:59歳男性
- お住まい:岩手県
- 相続人:長男、次男(相談者本人)、長女の3名
- 被相続人:父
財産の内訳 | 内 容 | 評価額 |
---|---|---|
不動産 | 自宅戸建て(土地・家屋) 土地120㎡ |
1,200万円 |
預貯金 | 530万円 | |
有価証券 | 100万円 | |
生命保険 | 契約者・被保険者:父 受取人:長男 |
300万円 |
※プライバシー保護のため、ご住所・年齢・財産状況などは一部架空のものです。
相関図
回答
故人(父)が遺した文書は、自筆証書遺言の方式に不備があり遺言書としての要件を満たしていないので、民法上の遺言書とはいえません。したがって、相談者様はこの「遺言書」の内容にしたがう必要はなく、他に遺言書がない場合またはこの文書が死因贈与契約と評価されない限り分割協議(相続人間でのお話合い)による遺産分割が原則となります。
また、仮にこの「遺言書」が有効であったとしても、「遺産はすべて長男に」という表現では複数の解釈が生じうることから、手続きに支障をきたす可能性があります。
アドバイス1 自筆証書遺言のメリット・デメリット
自筆証書遺言は、遺言者が遺言書の全文、日付及び氏名をすべて自分で書き、押印して作成する方式の遺言です(民法968条)。2018年の民法改正により一部要件が緩和されましたが、原則はこの方式にのっとらない限り無効とされます。
自筆証書遺言は一般的に、
- 誰にも知られずに遺言書を作成することができる。
- 作成費用がほとんどかからない。
というメリットがあるとされる一方で、
- 方式不備で無効とされる危険性が大きい。
- 遺言書が発見されない危険性、偽造・変造される可能性も大きい。
- 遺言書の紛失や、他人による隠匿・破棄の危険性がある。
- 家庭裁判所による検認手続きが必要。
というデメリットがあるとされています。
本件は、上記デメリットの1に該当する事案と考えられます。
なお、上記デメリットのうち2、3、4の点については、近時「自筆遺言書保管制度」が創設され、同制度を利用することで改善されています。
アドバイス2 遺言書の成立要件が厳格である理由
「方式不備?なんだよ。カタイこというなよ。オレの財産なんだから、オレが書いたことが全てじゃないのか?」
このような疑問をお持ちの紳士の皆さまあるいは淑女の皆さま、お気持ちはつつしんで承ります。
なぜ遺言には高度な要式行為(=意思の表明が一定の方式に従って行われないと効力が生じない法律行為のこと)が求められるのでしょうか。
例えば、売買契約を考えてみてください。売買は売りたいと考える人と買いたいと考える人との間で意思が一致してはじめてモノの所有権が移転したり、おカネが支払われたりします。
贈与契約はどうでしょうか?贈与契約もまた、あげたいと考える人ともらいたいと考える人との間での意思の一致をみて、はじめて所有権が移転します。
ひるがえって遺言はどうでしょうか?遺言は、法定の方式に従って遺言の意思を表示した時に成立し、遺言者の死亡の時からその効力を生じます(民法985条1項)。これはすなわち、亡くなった後ではあるものの、原則は相手方との意思の一致を必要とせず、単独で所有権等を移転させられることを意味します。これは極めて重要であり、重大な効果・行為であるといえます。
一方で遺言は遺言者が亡くなった後で効果を生じ、効果が生じた後には遺言者にその考えを問いただすことはできません。
これらの理由から、遺言はそこで表明されている意思が遺言者の真意から出たものであることを確証できるよう、遺言の成立要件が厳格でなければならないとされているのです。
アドバイス3 「遺産はすべて長男に」という遺言は実現できる?
もう一つの論点、『仮にこの「遺言書」が有効であったとしても、「遺産はすべて長男に」という表現では複数の解釈が生じうることから、手続きに支障をきたす可能性があります』について記します。
遺言書の検認手続きとは?その前に、自筆証書遺言書の場合は遺言者が亡くなった後、ただちに相続手続きに利用することはできません。
デメリットにあげた「家庭裁判所による検認手続き」を経た後でないと、金融機関や法務局、その他相続手続きの相手方から「お客さま、お顔をお洗いになってお出直しいただいておよろしゅうございますでしょうか」と相手にしてもらえないのです。
誰が検認手続きを行うのか?また公的機関が自動的に知らせてくれるのか?
いいえ。検認手続きは、遺言書の保管者や発見者が自発的に家庭裁判所に申し立てる必要があります。
どうやって?
遺言者の法定相続人を確定させる戸籍謄本一式(いわゆる出生から死亡までの戸籍)や戸籍の附票、受遺者の確証書類等をそろえたうえで申立書と相続人目録を作成、収入印紙を貼付のうえ家庭裁判所に申し立てます。
その後、検認期日通知(この日に検認を行うので関係者は家庭裁判所に集まってくださいと記してあるハガキ)が家庭裁判所から届きます。期日当日に遺言書を持参し検認を受け、検認証明書を発行してもらったら検認手続き完了です。この日からは思う存分相続手続きができることになります。思い立ってからこの日に至るまで、場合にはよっては3ヶ月程度要するでしょうか。
ところで、悲しいお知らせがあります。
こんな大変な思いをした検認手続きですが、これをもって家庭裁判所がこの遺言書の有効性を保証したものではない、ということです。つまり、検認されたとしてもその遺言書の方式や内容に不備があった場合は、やっぱり使えないということです。
検認は、遺言の客観的・外形的状態に関する事実を調査し、遺言書の原状を確定する証拠保全の手続きにすぎないのです。
やっと次の論点にすすめます。
「遺産はすべて長男に」という「遺言書」が検認を受けたとしても、どうしてマズイのか?
この表現では、遺産を長男に相続させる意思なのか、長男に遺産の分け方を決めさせる意思なのか、それとも他に何か別の意図があったのかが判然とせず解釈が発生する余地があるからです。
和歌や俳句では省略の美が求められますが、遺言書での省略は困った事態を引き起こす元になります。
「そんなバカなヘリクツだ」とお笑いになる方もいらっしゃるかと思います。
が、
骨肉の争いが生じた場合、遺産が取得できない者は死に物狂いで理屈を探してきます。例えそれがヘリクツだったとしてもです。しかも経験上ですが、骨肉の争いはちょっとしたボタンの掛け違いから生じ、疑心暗鬼が疑心暗鬼を呼び、徐々にエスカレートしていくと感じています。すなわちどのご家庭でも生じうることと覚悟し、解釈の余地が少ない遺言書をつくって備えるべきと考えます。
アドバイス4 公正証書で遺言を作成したほうが良い
「なんだか遺言書を作るのが怖くなってきた・・・」
ご安心ください。遺言書には公正証書により遺言をする方法があります。
公正証書遺言は、遺言者の意向をたずねたうえで、裁判官や検察官などであった、すなわち法律のプロの公証人により遺言書を作成するものです。したがって法律上の不備や本件で生じたような不備はまずありません。
また、公正証書遺言は証人2名が立ち会いのもと遺言者の口授を公証人が筆記する建て前のため、証拠能力が極めて高いことから検認手続きが不要とされています。
「何ソレ!いいじゃん、いいじゃん」
ちょっと待ってください。公正証書遺言にもデメリットがありますので、その点に触れます。
公正証書遺言のメリット・デメリット
公正証書遺言の一番のデメリットは、相応の費用がかかることです。どれだけの財産をどれだけの人数に相続させるか、もしくは遺贈させるかにより公証人へ支払う報酬が定められています。
したがってケースバイケースですが、経験的には少なくとも10万円~20万円程度の心づもりが必要でしょう。また、公証人に対して事前に一定の資料を提出する点にも留意すべきでしょう。
とはいえ、公正証書遺言にもデメリットはありますが、その必要性は増しています。事実、日本公証人連合会によると公正証書遺言の作成件数は2010年の8万1,984件から2019年には11万3,137件と増加傾向にあることは注目すべきと思います。
筆者個人としては、公正証書遺言においては「誤記証明書」が発行できる点がメリットのひとつとして大きいと思っています。
アドバイス5 遺留分侵害額請求により、遺産を受け取ることができる
最後に、念のための論点です。
仮にお父さんが公正証書遺言で「遺産は全て長男に相続させる」という遺言を遺していた場合、相談者である二男さんは全く財産を受け取れないのでしょうか?
二男さん、そんなにしょげないでください。
民法上一部の相続人には最低限遺産を相続できる権利が保障されています。これを遺留分侵害額請求権といい、この遺留分権は原則法定相続分の2分の1とされています。
本件にあてはめてみると二男は遺留分権利者にあたり、その遺留分権は6分の1(法定相続分3分の1に対して2分の1が遺留分権)、相続財産総額は1,830万円(生命保険の死亡保険金300万円は相続財産にあたらない)のことから、
305万円の金銭債権を長男に対して請求できます。
なお、遺留分侵害額請求権は権利者が相続や遺留分侵害を受けていることを知ったときから1年で消滅時効にかかり、相続開始時から10年を経過すると消滅することには注意が必要でしょう。
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〈行政書士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、宅地建物取引士〉
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